写真はBiH東部の町「ヴィシェグラード」
 私「桜路」や著書「彷徨い方」をいいふうに見てくれた読者の方々、本当にどうもありがとう。この人達のおかげで、ここまで至ったと、いつも思っています。もっと早くお礼を伝えなければならなかったのに、だいぶ遅れてしまいました。既に1年ほど経ちますが、これまで自己紹介をはじめ、なんの音沙汰も無く、大変失礼いたしました。いつかこの人達に恩を返す、と思っていた末、このサイトを作ろうと思いました。正直なところ、当初まさかこれほど、と思っていたので、多少の責任み
「ヴィシェグラード」
たいなものを感じてしまっているのも事実です。自分がしでかした「いい加減さ」を深く詫びるとともに、少しでもなにか、例えば情報を訂正したり提供する義務のようなものを感じています。
 実は、ほかにも全然違うタイプのものを書いたこともあり、また特定の地域について書いた同様の原稿もありますが、これといって先の見通しは立っておらず、そもそも「彷徨い方」が書籍となったのは、書いた自分でも不思議です。もともと誰にも相手にされない原稿(というかテ
「ヴィシェグラード」
ーマだろうな)で、実際にほとんどの会社が相手にしませんでした。こういうものは利益が見込めないと自分でも分かっていたし、それが私自身の目的でもなく、また私はデジカメやノートを片手に「旅をする人」であって、最初は撮影や執筆という「もの書き」がメインではなかったのだけれど、それでも・・・・・・なかなか言い表せるほどのものではない苦い思いをしています〔注1。同時に、わざわざ書くからには、と思いました。それにしても、中味や書き手の思いより「人騒がせ度」を優先
「ヴィシェグラード」
している業界だと思うし、「金儲け」ばかり重視していると思われます。コイツら・・・・・カラシニコフ銃を担いでドパラタタ! 捕虜になって命からがら帰国ぐらいのことをしなければ駄目ということか?! 一方で、テーマに選んだ地域に出入りしていることを、奇怪に偏見をもって見られたりもしました。実際には非戦闘地域です。ふと現地の友人達、ヤパン、ヤパン! 言ってくれた人達のことが思い浮かびました。内容を見れば、単に面白半分の物見遊山で訪れたわけではなく、もっと真面
「ヴィシェグラード」
目な意識で取り組んだことが理解できるでしょうし、現にこうして「形」になってしまうと、「スゴイ」という人がいたり(「なにさコイツ」という人もいたり)、あちこちでいろいろ宣伝してくれます。けれども、結局のところ、本当にいいと思ってくれたのは、いいと思ってくれた人達だと思っています。だから、私がそういう人達に感謝するのは当然であり、そう思ってくれる人がひとりでもいたら、その人のために自分は在るのだと思っています。
 この本は、誰にも見せまいと眠り
BiH東部「ゴラジュデ」
についていたものです。というか、一度出したものは、あまり見ないようにしています。アラばかりが目立って、見るのが嫌なのです。しかし、制作後のマーケティングの面から言えば、そうしたこだわりはナンセンスなようです。出したからには販売することも重要となってくるわけですから、今後ステップアップのために、また、自分だけでなく様々な人が携わってくれたのだから、という理由で、「これは売らない、もう他人に見せない」というわけにはいかないのです。実のところは、2ペ
「ゴラジュデ」
ージに1カ所は誤りか気に入らない箇所があり、神経質になって気にしだしたらキリがない。現地の情報に追いつかない部分が多々あり、特にBiH変化が激しく既に現時点で現状と異なる点が幾つも見受けられます。あまり情報を鵜呑みになさらないよう、お願いいたします。それを承知で書店に出回っているのを黙ってみているわけです・・・・・・どうか丸ごと信じ込まないように、と心配しながら。

「ゴラジュデ」
 はじめ、旧ユーゴスラヴィアについて書いた原稿など、どこも相手にしないのではないかと思いました。しかも、当該地域に詳しかったわけでもなんでもなく、専門家ではありません。偶然に偶然が重なり、このような経緯となりました。現在のイラクのドキュメンタリーならば売れるでしょうが・・・・・・それは私のポリシーとは相容れないものです。多くの人が騒いでるから騒ぐ、というつもりは全然なく、しかも、わざわざ大騒ぎしている最中に見に行ったところで、それこそ考察どころではな
「ゴラジュデ」
いでしょう。例えば、現在の様子を記録したい、それが仕事だから赴くという割り切りや、医者などのように、人助けという真摯な理由があるとか、あるいは自らの活力をもてあました度胸試しはさておいて、少なくとも私の場合は違いました。それに情報を見る際も、故意に石油タンクを爆発させて「水鳥の映像」を流したのではないか、「虐殺死体の山」なるものは偽物なのではないか、そんなふうに胡散臭く思ったりもします。ちなみに、その真実を見に行くことが、私の目的でもありません
「ゴラジュデ」

 この書籍を出した出版社は、「これは売れるようなものではない、しかし意義がある」と判断してくれたみたいです。知名度(というか要は「お騒がせ度」)より中味(どのような内容を扱ったのか)、量(発行部数)より質(どういうものを作ったか)を重視、だそうです。実際にかかわってみたら非常に誠意があり、制作に関しても嫌な表情ひとつせず、最後まで根気強く、私が納得いくまでつきあってくれました。出版社選びに1年もかかってしまいまし
「ゴラジュデ」
たが、全然後悔していません。それまでに、いろいろ苦い体験をしたこともあって、真剣に取り組んでもらえたことを大変ありがたく思いました。なにより、妥協して故意に売れるものを書いたのではなく、それを意識しなかったものを作れたことに感謝しています。私の場合、認められたいという願望など皆無で、他人の顔色を窺い見なければ大抵はツマハジキ、評価してもらえるなんて非常に稀なケースでした。完成間際のギリギリまで粘った時の熱気は、過ぎ去ってしまったことですが、とて
「ゴラジュデ」
もいい思い出です。自由かつ親切丁寧だったので、好き嫌いの激しい私ですが、ウマがあいました。私がウマが合うと思ったということは、相手がよかったのだと思います。とても感謝しています。
 また、私が恐れを抱くほど感心したのは、こちらが殴ろうが蹴ろうが(注:実際に暴行を加えたわけではありません)、相手はHUGするぐらいの気概で接してきたことです。まだ出回ってばかりの間もない頃、ネットで私の文章をどうのこうのと書くような人がいたらしく、「ネッ
「ゴラジュデ」
トでひとの書いたものをああだこうだのと、日頃(異国で)拙い言葉・文章でやりとりしているわけであって、日本人で日本に住んでいるとはいえ、本を書いた者が日本語のプロである必要があるだろうか」といったことをメールしたら〔注2〕、「(ネットでの批判について)言いたい奴には言わしておきましょう」とサラリ。「私がバッシングくらうのは構わないけれど、出版社の面子をつぶしませんでしたか」と話したら、「ぜ〜んぜん」という反応。「いい本ですよ」と言ってもらえたのが
BiH東部「スレブレニツァ」
(そう書かれたメールをいただいたのが)最も嬉しいと感じたやりとりでした。次にまた機会があったら、「今よりもっとましなものを」と思っています。
 いま思い出せば、それなりにいろいろありました。KINOビジョン(紀伊国屋書店スクリーン・キャンペーン)では、不当にも異なった書籍分類をされたことに抗議〔注3、これとはべつに、広告掲載にあたっては、だいぶ私がクレームを言い、「こういったイメージは、事実から逸れはしないか」ともめ、一騒動
「スレブレニツァ」
ありました。一旦出国した後、帰国してから「ケチつけすぎました」と出版社に電話で伝えたところ、「著者というのはワガママなくらいの方がええんよ」とケロリ、どうやら物事に納得いかないぐらいのほうがいいみたいで、「日々成長するからねぇ」とアッサリ・・・・・・この時は、関係を維持しつづけることの大切さに気付かされる思いでした。「うまく読者に届けばいいのですが・・・」というメールをいただいた時、一生懸命ちゃんと考えてくれているのだと感じ取ることができました。
「スレブレニツァ」

数カ月後、私はこんなメールを書いています(以下、一部省略および改変)。初めは気になっていた「紛争多発地帯の女性ひとり旅」というキーワード、現状に則して考えますと理解できなくもないです。一生懸命売ろうと思うほどマーケティング面で結果を出さなければ、と考えてくれた結果なのだと思います。私が訪れたユーゴスラヴィアは既に(コソヴォは別として)非戦闘地域でしたので、さも「戦場を彷徨った」かのような事実相反するふうに思われたくなかったのと、当時やたら人質

「スレブレニツァ」
事件が必要以上に騒がれていたので、誤解を与えたくなかったことが、不満や反発の理由だったと思います。現に、見聞したり調べたことを書いたわけであって、例えば内臓がとび出した物乞いの写真ではなく、あえて綺麗な風景をカバーに使用しています。けれど、作るだけでなく売らなければならないことを考えますと、やはり策略とまでいかずとも工夫が必要であると感じています。例えば「どこそこに光を」といったタイトルより、世間知らずで小生意気なやつが書いたものが面白いという
「スレブレニツァ」
読み手もいるようです。やはり、まず手に取って注意をひくには、アピールやインパクトが重要なのでしょう。にしても、今見ると「よくまぁ、この程度の内容で」と思う。ただ、昔のアルバムをみるように懐かしい気分になります。それに、仮に今同じことをやっても、それほど結果に極端な相違はないだろうと思い、当時なりによくやったと思っています。


「スレブレニツァ」
 出版してまだ数カ月の頃、最寄の図書館で本の検索をしていたところ、検索画面に「彷徨い方」が出てきて血の気が引きました! 人の目につきやすい「憩いの場」に置いてくれているらしく、「現在貸し出し中」となっていました。誰が読んでくれているのやら・・・・・・。「旧ユーゴといったら、この人」という有名な著者達および著書とともに名を連ねることができ光栄だと思う反面、「コイツはこの程度」と思われているだろうと何だかすまない気分というか、いずれにせよ多少の責任のよう
「スレブレニツァ」
なものを感じています。私はこれといって旧ユーゴが専門というわけではありません。やはり、営業面によるところが大きいと感じています。幾度も広告を出していただいたり、「一人旅」がきいたのでしょうか。たくさん広告を出していただいて、素直にもっと喜ぶべきなのですが、ある種の自己嫌悪に陥った本であるがゆえ、妙な心地です。とはいっても、いま同じものを書いてみても、あまり変わりはないのではないかと思っています。
 ところで、他の著書を見ていると
「スレブレニツァ」
、「民族浄化」という言葉を用いているものが読者受けしているように見受けられます。そのような本では残酷なシーンも登場し、私自身はしいて好んで利用したいとは思わないのですが、ある程度「過激」なアピールのほうが興味をひくようです〔注4〕。「民族浄化」という言葉を使ったり、その内容にふれることについて、どのように思うのかと疑問に思います。学ぶ目的で、私は出版社の方のひとりにこのことを尋ねてみました。すると、こんなご返答をいただくことができました。「いつ
「スレブレニツァ」
も丁寧なメールをありがとうございます。さて、個人的には、あまり好きな話題ではないです。また、今回の作品には必要ないと思います。私は、○○様の本が大好きです。いい本ですよ。それでは失礼致します」とありました。これは、いままでいただいたメールのなかで、最も嬉しいもののひとつでした。
 私の著書に関する意見等については、ほとんど意識したことがありません。あまりに私個人への感情や単に好き嫌いに基づく、やや一方的で偏ったといいますか、そういった評
「スレブレニツァ」
価・主張には既にうんざりだからです。嫌がらせや挑発に近いものには、かかわらないようにしています。そういう類のを、いちいち相手にしていてはキリがないです〔注5。ただ、悪意のない人達の意見・感想は安心して耳を傾けることができますし、貴重な参考にさせていただこうと思います。ちなみに、私は誉め言葉しか耳に入らないのです。ですから、ネットのサイトなどで中傷しても無駄なのにご苦労なことです。どちらかと言うと、よくあれを人々は悪く言わないな、と意外に思うと
「スレブレニツァ」
同時に、感謝しています。しばしば指摘されるよう、「新鮮」や「興味」といった感覚を感じるかどうかは、非常に重要なことと考えています。それが「うりもの」である面も強いですから。現地をよく知る方も当地を全然知らない方にも、そう感じてもらえなければ、みなベテラン研究者が書いた、例えば「見ることの塩」でも読むことでしょう。中東欧やバルカン、旧ユーゴがご専門の方は、「なにさ」と思われる方もいるかもしれません。実際のところよく知りませんが、自分の領域(なわば
「スレブレニツァ」
り)だとか自分のほうが知っているのに、といった感情を抱くのだろうことは想像できます。意味のない相手に対抗意識を燃やすことはないわけですし、大学などで当地の地域研究をしたしない、本を読みあさって論文を書いた書かない、天城桜路がまだ子供の時に既に紛争中の現地に自分はのり込んだとか??? そうしたことと、旅をして著書にする、他人が興味を持つ(だろう)ものに注目する、というのは別物と考えております。
 あるサイトで、「(「彷徨い方」
「スレブレニツァ」
で)参考資料として引用されている文献やインターネットサイトは日本のものばかり。せめて英語版ロンプラ(Lonely Planet)ぐらいは使ってほしかったな」といった内容が書かれていたとか。現地で購入して使っていたガイドブックや資料は大方が英語版のもので、そのまま引用すればラクといえばラクですので、そうしたいくらいです。けれど、あまりに外国語を使用すると、今度は逆に、「外国語の部分がわけ分からない。その部分はとばして読んだ。せめて要約ぐらいあってほしい」と反感
「スレブレニツァ」
をくらい、読んでくれる人が減るのではないかと思います。この話をしたところ、ある人は、「それは、「自分は英語でも分かるんだ、英語で書いて読ませろ」という生意気な大学生あたりが言っているのだ。そうでない人が読めなくなるではないか」と。私自身の考えは、「そんなに外国語が読みたければ、洋書コーナーの方をあさりに、どォぞ」「内容に関してならともかく、日本語で書くのが「初級」編で、外国語で書くと「上級」編というのは、一体ナぁニ」と思っています。日本で日本人
「スレブレニツァ」
のために出版する著書のなかで外国語(英文や現地語、他)を使うことについて、どのように考えるものか、疑問に感じました。でもまあ、桜路のこと、それほど悪く書いたりしないのだったら、いいか! アリガト!!
追記:試しに私はこれを、出版社の方のひとりに質問してみました。すると、大変貴重なアドバイスをいただくことができました。「論文や卒論、あるいは専門書において、欧文を引用することで、その「格が上がる」と、思っている作者は多いと思
サラエヴォ郊外「パレ」
います。しかし、一般書では、読みにくくなるだけで、その情報が不必要なものであるなら、あえて載せることはないと思います」ということで、このアドバイスはいまでも大切にし、頭で意識して思い出すようにしています。

続く